中沢堅(jiān)司(なかざわ けんじ、1957年6月12日 - ) ボーカル・ギター
赤塩正樹(あかしお まさき、1957年4月27日 - ) ボーカル・ギター
共に長(zhǎng)野県上田市出身。
簡(jiǎn)歷
H2O(えいちつーおー)は、日本のフォーク系ポップデュオ。
1976年に結(jié)成され1985年に解散。1999年に再結(jié)成したが、現(xiàn)在グループとしての活動(dòng)はしていない。
經(jīng)歷
中學(xué)時(shí)代、同級(jí)生であった中沢堅(jiān)司と赤塩正樹は別々の高校に進(jìn)學(xué)したものの「スプリング・ブリーズ」というバンドを結(jié)成。しかし大學(xué)進(jìn)學(xué)、上京を機(jī)にバンドは解散へと至る。
大學(xué)在學(xué)中に2人で活動(dòng)をすることを決意。活動(dòng)をはじめた2人が作ったデモ・テープが認(rèn)められアミューズに籍を預(yù)けることになる!窰2O」はプロデビューへ向けたLP制作に取り掛かるも、プロデューサーから幾たびも直しを言い渡され続けたという。
紆余曲折あったものの、1980年6月に薬師丸ひろ子主演映畫「翔んだカップル」の挿入歌『ローレライ』でデビューを果たす。その後、TV版「翔んだカップル」の主題歌『僕等のダイアリー』がヒットし、5枚目のシングル『想い出がいっぱい』(1983年3月25日発売)の大ヒットにより一躍知名度を上げた。
2人はオリジナル曲での活動(dòng)を求めていたものの、実際に収録される曲は他の有名な作詞・作曲家の手によるものが多かった。また『想い出がいっぱい』以降は大きなヒット曲に恵まれなかったことも2人のジレンマに焦りと拍車を掛けた。寺內(nèi)壯がマネージャーに著任し、今後の方針を話し合う席で解散の意思を伝えた。1985年、解散。2人は別々の道を歩むこととなる。
1999年に再結(jié)成、上田市80周年のイメージソング「ここにおいでよ」を発売。
2003年にはセルフカバーによる「想い出がいっぱい 〜the 21st century〜」を発売。